国政の黒目

国政は若くして、いきなり役者の大首絵で傑出した画力を残すのだが、

だんだん画力が低下していき、38歳で没する。

大首絵では黒目と光彩を描きわけている。

国政も写楽と同じように修行時代の未熟な絵がないのが不思議である。

 

 

 

豊国は歌川派を浮世絵界の巨大勢力にした。

国政の師匠であるが、世間ではその逆と勘違いされた事もあるらしい。

役者絵から絵草紙の挿絵まで、多作といえばよいのか乱作といえばよいのか、

とにかく作品数は多い。

 

その作品数の多さから、当時、写楽が有名にならなかったというのがわたしの持論である。根拠がないので信じないようにお願いします。

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